運命を拓く!「潜在意識」活用の先駆者・中村天風とその弟子たちの名言を、スピ的に解説。
潜在意識活用の先駆者・哲人 中村天風
画像は「公益財団法人 天風会『盛大な人生』」より

メジャーリーグの大谷翔平さんが読んでいる本が話題になったことがあります。

「運命を拓く」という本です。


作者は「中村天風」という人物でした。


「中村天風」って誰?

「中村天風」って何者?


そういう疑問などがネット上などで多くみられたようです。


中村天風とは、世界で一番最初に自己啓発に「潜在意識」の活用を提唱した人物です。


そして、プロテニスプレーヤだった松岡修造さんや、京セラ創業者の稲盛和夫さんに思想的な影響を与えた人物です。


「心が身体を動かす!」

現代では当たり前になったこの事実を、初めて世に唱え多くの人の「運命を拓いて」きた人物でした。


この記事では

・「運命を拓く」とは?

・中村天風とは?


・「悟り」とは?

・言葉の力と「潜在意識」


・恐れの克服



について書いています。


また潜在意識については、以下の関連記事も参照して下さい。

併せて読むと、潜在意識への理解が深まります。


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この記事は相当の長文であり、多くの情報量や事例を載せてます。

メモを取りながらお読みいただくことをお勧めします。


またブックマークやお気に入りに入れて、隙間時間や移動時間にスマホなどでお読み下さい。


この記事が「運命を拓く」ことや、潜在意識の活用、中村天風のことでで役立つと感じられたらSNSでシェアしたり、ご自分のブログで紹介・拡散してもらえると嬉しいです。


では本題に入ります。

「運命を拓く」とは

「運命を拓く」とは
「運命を拓く」を探って行きます。

「運命を拓く」

「拓く」は「ひらく」と読みます。


この言葉をGoogleなどで検索すると、一緒に出てくるのが「中村天風」です。

「なかむら てんぷう」と呼びます。


「運命を拓く」は中村天風という人の書物の題名です。

実際には没後24年後に、生前の講演をテーマ毎に文字起こししたものです。


1994年1月26日株式会社講談社より出版されました。

内容としては自己啓発、自己啓蒙の本です。


中村天風とは大正8年(1919年)から昭和43年(1968年)までに活動した、今でいう「自己啓発活動家」「自己啓蒙家」です。


世界で初めて、「潜在意識」の活用を掲げた人物でしょう。

精神分析学の父・フロイトが「無意識(潜在意識)」を発見し、しかもそれが学会から総反発を食らったのが1886年です。


フロイトがウィーンの名誉市民として名誉を回復するのが1924年ですから、「潜在意識」の注目と活用がいかに速かったが分かります。


そして「心が身体を動かす。」を唱えた人物でもあります。

今では当たり前のこの思想は、当時衝撃をもって世間に受け入れられました。


有名無名を問わず、多くに人が天風に弟子入りしたそうです。

  • 東郷平八郎(元帥海軍大将)
  • 浅野総一郎(浅野セメント、浅野財閥創始者)

  • ロックフェラー3世(銀行家、実業家)
  • 原敬(第19代内閣総理大臣)

  • 双葉山定次(第35代横綱)
  • 七代目松本幸四郎(歌舞伎役者)

  • 堀越二郎(ゼロ戦設計者 ジブリ「風立ちぬ」の主人公)
  • 大佛次郎(作家、「鞍馬天狗」「赤穂浪士」の作者)

  • 宇野千代(作家)
  • 松下幸之助(実業家 パナソニック創業者)


錚々たるメンバーですね。

なぜこれだけの人が天風の門下生となったのでしょう。


それは「運命を拓く」という言葉が表現してくれてます。

「開く」ではなく「拓く」。


潜在意識の活用。

心と身体を一致して使う(心身統一法)。



これらにより、人は自らの「運命」を切り開くことが出来ると教え、自らも実践したからです。


これが当時(大正時代から昭和中期)、画期的だったのです。

ではなぜ中村天風はこの考えに達したのでしょう?


それを探っていきます。


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中村天風とはどんな人物であったのか?

中村天風とはどんな人物であったのか?
中村天風 近影 画像は「中村天風財団HPより」

「颯爽とした方だった。」

これは往年の中村天風を知る人の共通した感想です。


中村天風はよく「哲人」と呼ばれます。

「哲人」とはなんでしょう?


哲学者とは少し違います。

「哲人」とは「見識が高く、真理を悟っている人」を指すのです。


余談ですが、この哲人の称号がつくのは、あと一人「安岡正篤」のみです。

(参考記事 安岡正篤


終戦の詔と、「平成」という元号を作ったと言われる人です。

これとは別に「昭和最大の黒幕」という呼び名もある人でした。


本題に戻り、中村天風は「悟り」を経験した人だったのです。

悟りを得るためには、「業(カルマ)の燃焼」を得なければなりませんが、天風の場合はそれは「不治の病」という形で訪れます。


中村天風が自己啓発においてだけでなく、スピリチュアル界隈でも人気が高いのは、悟りに至るまでの経過が克明に描かれているからです。


多くの人が知りたいと思う「悟り」の過程がわかるからです。

破天荒な前半生。


地獄のような苦しみ。

覚醒、試練からの帰還。


まさに「運命を拓く」を地で行った。


それが多くの人を魅了するのでしょう。

中村天風がいかにして「運命を拓いた」かを見てみます。


関連記事:
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出生から 玄洋社時代まで

出生から玄洋社時代まで
憂国の士を育てた玄洋社
画像は「Facebookページ 福岡歴史研究会(玄洋社部会)より」

1876年9月、現在の東京都北区・王子にて中村天風は生まれました。

本名を三郎と言います。



幼少の頃から気性が激しく、負けず嫌いだったそうです。

またとことんまで追求する性格だったと言います。


喧嘩をするときも徹底的で、相手の指をへし折るほど。

あまりの粗暴ぶりに手を焼いた両親は、三郎(天風)を福岡の知人に預けます。


そして中三の時、別の学校の同級生に恨みを買います。

相手は出刃包丁で、三郎(天風)に挑んできたところ、もみ合いになり、逆に相手は自分の包丁が刺さり死亡。


三郎(天風)は正当防衛を認められたのものの、学校は退学となります。

事件後、三郎(天風)は、同じ福岡にある「玄洋社」に預けられました。


玄洋社(げんようしゃ、1881年 – 1946年)は、旧福岡藩(黒田藩)士が中心となって、1881年(明治14年)に結成されたアジア主義を抱く政治団体。

日本で初めて誕生した右翼団体ともいわれる。


(文字装飾筆者)

出典 Wikipedia

ここで三郎(天風)は、人生における最初の師に会います。

頭山満翁です。

(参考 頭山満


右翼の巨頭というと強面の感じがしますね。

しかし、実際の頭山満翁はちょっと変わってました。


ここぞという時以外は、飄々としていたとか。

いつも悠然とした感じの器の大きい人だったらしいです。


「天風」という名前を付けたのも頭山満翁でした。

三郎(天風)は刀(真剣)を抜くときに「天つ風(あまつかぜ)」という型を得意としていたのです。


そこから頭山満翁が「これからは『天風』と名乗れ。」と言われたからです。

これが中村天風の誕生でした。


そんな玄洋社での暮らしのある日、帝国陸軍(当時)から依頼が来ます。

「軍事探偵(スパイ)に適した、命知らずの若者が欲しい。」


この依頼に天風は名乗り出ます。

ここから天風のスパイとしての活動が始まります。


そしてこれが業(カルマ)の始まりになるのです。

この時、天風は17歳でした。

軍事探偵時代、そして不治の病の発病

軍事探偵時代、そして不治の病の発病
日本が勝てるとは誰も思ってなかった日露戦争 画像は「歴史マップより」

天風は帝国陸軍の依頼に応じ、日清戦争、日露戦争期間中、軍事探偵(スパイ)として活動します。

元々豪胆な性格もあり、この仕事が合っていたようです。


鉄橋爆破。

敵軍司令部に侵入し機密文書を盗む。

暗殺。



天風の活躍ぶりは当時話題になり、舞台にもなりました。

日露戦争末期には、敵軍に捕えられ死刑執行直前に仲間により助けられます。


その時、同じ軍の仲間から「あんた(天風のこと)ほど豪胆な人は見たことはない。」とまで言われたそうです。


しかし日露戦争後、帝国陸軍で高等通訳官を勤めていた時、異変がおきます。

突然の大吐血。


病名は「奔馬性肺結核」。

馬が走るように急速に病状が悪化することから名付けれた病気です。


現在では急速進展例と呼ばれます。

当時、結核は不治の病と言われました。


30歳のときです。

名医と言われた北里袈裟三郎(けささぶろう)に診てもらうも、治りません。


宗教にもすがりました。

しかし、そこには理論も、方法も、説明すらない。


そこに天風は憤りを感じたと言います。

天風は日露戦争期の自分と、今の自分の心の違いを知り愕然とします。


敵に捕らえられ死刑執行される時にも、脅えたことはなかった。

しかし病気一つで心が豆腐のようになっている。


結核を治し、強い心を取り戻したい。

その一念で天風は、心と体の治療法を求めてアメリカに密航するのです。


33歳の時でした。

苦難の旅

苦難の旅
天風は絶望的な肺結核を治す旅に出るが・・・

アメリカに渡った天風は発明王・エジソンを治療したこともある哲学者 カーリントン氏などに逢いました。


またコロンビア大学に華僑のご子息の身代わり(成りすまし)となって大学に通い、医学博士まで取ります。


しかし求める答え、結核を治し、心を強くする答えには出会えません。

アメリカに失望した天風は、イギリス、そして紹介でフランスに渡ります。


フランスでは哲学者ハンス・ドリーシュ氏に会い、そこで決定的な答えをもらってしまいます。


「心というものは絶対に人の自由にはならないものだ。」

この言葉を聞いて、天風は日本に帰り、病で死ね覚悟をします。


この2年間はなんだったのか?」

「どうせ死ぬなら、桜咲く日本で死のう。」


1911年5月マルセイユの港から船で旅立ちます。

この船内で奇跡の出逢いが待っていました。


天風が生涯師と仰ぐ二人目の人物。

聖カリアッパ師です。


この方、チベット寺院の大聖者であり、ヨガの大家でもありました。

聖カリアッパ師は天風を一目見るや、胸に病があること。

そして日本に死に帰るつもりであることを言い当てます。


驚く天風に「私について来なさい。

お間の知らない方法で、病を治す方法を教えよう。」

と言いました。


天風はインドの奥地で2年にわたる修行を行います。

修行時代、そして悟りを得る

修行時代、そして悟りを得る
「悟り」への道は数あれど、たどり着く場所は同じ。

聖カリアッパ師が天風に教えたことを二つ紹介します。


それは業(カルマ)のこと。

そして天の声・地の声です。


聖カリアッパ師は天風に問いました。

「お前、人を殺したことがあるね?」と。


天風は「そりゃもちろんです。

軍人でしたし、それが仕事でしたから。」


聖カリアッパ師は厳しく諫めたと言います。

「それは人間が勝手に決めたものだ。

自然の摂理に従えば、無益な殺生などしてはならない。」


「医学博士までなったそうだが、お前(天風のこと)の頭の中には不要な知識でいっぱいになっている。

全てを捨てて、生まれたての子のようになれ。


これは図らずも業(カルマ)について諭しているのです。

業(カルマ)とは決して過去生のことではありません。


私たちが今まで生きてきた中で蓄積された記憶が、足かせとなっているのです。

聖カリアッパ師も病の原因はそれだと指摘しています。


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そして天風が抱く死への恐れを克服するため、更なる恐れを与えて「天と地の声」を聞く修行をさせます。


更なる恐れとは、天風が患っている結核すら忘れるほどの恐れでした。

断崖絶壁にある細道をロバに乗って通過する。


人食い虎が住む森での瞑想。

毒蛇がうごめく穴の中での瞑想。


その中で「地の声」を聴く。

「地の声」とは心が静まった時、今まで意識しなかった風の音、動物の声、などのことです。


前からあったのに気づいてなかったものを、聞けるようになることです。

そして「天の声」。


天風はこれが最後まで中々出来なかったのです。

いくら瞑想しても、座禅を組んでも「天の声」が聞こえません。


天風は諦め、ヤケになり、瞑想を止め大の字になり、空の雲を見ていました。

その時です、周囲の音も聞こえなくただ雲に繋がっているような感覚。


雲の中に自分の心が入っていき「無心」でいている。

「何も考えていない。」


その瞬間、天風の目から涙があふれで、大声で泣いたそうです。

聖カリアッパ師にこの事を伝えた時、こう言われたそうです。


「お前は悟ったのだ。」と。

「天の声は、声なき声、絶対の静寂だ。」


「無心の時こそ、生命の本来の力が動き出す。

事があろうがなかろうが、心の本膳が喜んでいる。

楽しんでいるから苦しみはないのだ。」


「我、孤(こ)ならず。(私は独りではなく、全宇宙と繋がっている)」

後に天風はこの時の状態をそう表したそうです。


今でいう「ワンネス体験」です。

悟りを得た天風は、聖カリアッパ師の許しを経て、日本へ帰国しました。


なお問題の奔馬性肺結核は悟りと同時に進行しなくなり、天風は90を超えて生きることになります。


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辻説法から天風会・晩年

辻説法から天風会・晩年
「天風会」設立後の中村天風 画像は「中村天風財団HPより」

日本に戻った天風は、結核も治り実業家として再スタートしました。

しかしどこか物足りません。


ある日、日本における師・頭山満翁から自分に変わって講演をするよう頼まれたそうです。


天風はインドで自身が体験したことを語りました。

そして「心こそが身体を動かすのだ!」と力説しました。


この講演は大いなる称賛を受けたそうです。

これに手ごたえを感じた天風は、頭山満翁に全事業を他人に譲り、自分は悩める人を啓蒙する活動をすると宣言します。


大正8年(1919年)6月、実社会での全てを捨てた天風は、上野公園の路傍に立ち一人で語りだします。


来る日も来る日も「心と身体を統一して使うこと」を説きました。

「心が身体を動かすのだ!」と真剣に民衆に語り掛けました。


分かりやすい語り口調。

心を強くするための具体的な実践方法。


これが多くの人をひきつけます。

天風が教える心を強くする方法は、そのまま「運命を拓く」方法だからです。


「心が身体を動かす。」

「積極的に生きる。」

「潜在意識を活用する。」



これらの事を日本で一番最初に提案したのが天風でした。

噂を聞いて、各界著名人も弟子入りし、天風の名前は多くに人に知られることとなります。


そして昭和43年(1968年)天風はその激動の人生の幕を下ろしました。

潜在意識の在り方と言葉の力

潜在意識の在り方と言葉の力
「言葉は人生を左右する力がある。」

潜在意識という言葉を一般大衆まで広めたのは中村天風の力が大きいでしょう。

潜在意識の活用を唱えたのは知りうる範囲では、世界で中村天風が最初です。


天風は大正時代から講演において、潜在意識と顕在意識の関係について説明しています。


天風は顕在意識のことを実在意識と言ってますが、意味は同じです。

潜在意識が人を動かしている。


その潜在意識の中に消極的な言葉ばかりあれば、結果も消極的だ。

だから実在意識(顕在意識)において意識して、積極的な言葉を使い、潜在意識を塗り替えてしまおうという提言です。


このことは今ではよく知られています。

少し単純ですが100年以上前にこれを提言していたのは驚きです。


フロイトが無意識(潜在意識)を発見してからまだそんなに日は経っていないからです。


言葉が潜在意識に反映され、それが人生を左右する。

だから「言葉」には常に気を使わなければならない、と言っていたのです。

「それは人生というものは、言葉で哲学化され、科学化されているからである。


すなわち言葉は人生を左右する力があるからである。」 


(文字装飾筆者)

出典 「運命を拓く」天風瞑想録 中村天風 1995年7月25日 第11刷 株式会社講談社


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恐れを克服することが、運命を拓く

恐れを克服することが、運命を拓く
「恐れ」の取り扱いが人生を変える。

天風は潜在意識の活用をもって最終的には何を達成したかったのでしょう。

それは「恐れを克服」することです。

宇宙霊という生ける大きな生命体は、常に我々人間の心で思ったり、考えたりする事柄の中で、特に概念が集中し、深刻な状態の時に、その概念が、その事柄に注がれると、咄嗟にそれを現実の「すがた」に表現しようとする自然作用があるのである。

出典 「運命を拓く」天風瞑想録 中村天風 1995年7月25日 第11刷 株式会社講談社


この考えは現在の量子力学の考えです。

意識したものが物質化するという考えです。


その中でも恐怖は一番物質化・現実化しやすいと教えています。

その恐れを克服するために、心の状態を常に「積極的」にしなければならない

これが天風の考えの基本です。


天風本を読まれた方はご存じでしょう。

天風の口から至るところで「積極」が出てきます。


昨今、よく出てくる「積極思考」や「ポジティブ・シンキング」の源は全てここにあります。


これは天風自身が奔馬性肺結核を患い、恐れにより心が弱体化したことへの戒めでした。


ここで簡単にまとめてみましょう。

恐れこそが人生をダメにするものである。



・その恐れを乗り越えるために、常に心を積極的な状態にしておく。



・それには顕在意識を活用しながら積極的な「言葉」を日常として、潜在意識まで浸透させることだ。



これが天風哲学の基礎となります。

なおこの「恐れ」については当ブログの金山(サトリ)編集長が、より現代的な視点から解説しています。


ぜひご覧ください。


因みに金山(サトリ)さんもご指摘のとおり、怒りっぽい人の中には「恐れ」があります。


これは中村天風自身も本で語ってました。

「悟る前は、いつものべつ幕なし怒っていた」と(笑)。


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運命を拓く、天風の弟子たちの言葉

運命を拓く、天風の弟子たちの言葉
鳩と戯れる天風 画像は「中村天風財団HPより」

これまで、中村天風の生涯とその代表的な教えを見てきました。

天風は悟りを得て、心こそが身体を動かすことに注目するようになったのです。


そのために「積極」を前面に出し、言葉を積極的に使うことで、潜在意識を変えていこうとしました。


それこそが「運命を拓く」方法と信じていたからです。

この潜在意識や、積極思考などを体系化したものが「心身統一法」で、命の力を最大にして「運命を拓く」手段としたのです。


このような「How to do」の自己啓発はそれまでなかったのです。

そのため、多くの弟子や薫陶を受けた者を輩出しました。


では具体的どのような人が、天風の影響を受け、運命を拓くことになったのかを見て行きましょう。


なお天風との関係を強調するため、あえて敬称は略させて頂いてます。

パナソニック創業者 松下幸之助

パナソニック創業者 松下幸之助
松下幸之助 画像は「松下幸之助.com」より

中村天風の影響を受けたとか、弟子で検索すると必ず出てくるのが現・パナソニック創業者の松下幸之助です。


ただお互いがお互いに対して言及した文書を見たことがないんです。

私が知りうる範囲では、古い文献で少しだけ記述がありました。


松下幸之助が創業間もないころ、大阪・福島にいた頃に、天風の大阪講演に出席していたというのを一度見たことがあるのみです。


ではなぜ松下幸之助は天風の弟子と言われるのでしょう。

それは松下幸之助が残した「名言」です。

青春とは心の若さである。

信念と希望にあふれ、勇気にみちて、日に新たな活動を続けるかぎり、青春は永遠にその人のものである。

(文字装飾筆者)

出典 名言+Quotes 松下幸之助の名言  

中村天風が残した言葉で、積極とともによく出てくるのが「信念」そして「勇気」です。


この二つの言葉が、松下幸之助が残した一番有名な名言に出てくること。

心が身体を動かす。

心のあり様が運命を拓く。


松下幸之助が自分の軸として生きた「信念」「勇気」「素直」は潜在意識を活性化する心のあり様と言えるのです。

京セラ・KDDI創業者 稲盛和夫

京セラ・KDDI創業者 稲盛和夫
稲盛和夫 画像は「稲盛和夫 OFFICIAL SITE」より

京セラ、KDDI創業者である稲盛和夫が中村天風の影響を大きく受けているのは有名な話です。


天風が唱えた「世のため人のために役立つ仕事をしよう」と思想が、京セラの経営哲学の軸になっているからです。

常に明るさを失わず努力する人には、神はちゃんと未来を準備してくれます。

出典 名言+Quotes 稲盛和夫の名言 


これは天風が常々語っている「積極」に源があります。

心を常に積極にしていること。

これは稲盛和夫の名言の中で度々出てくる考え方です。


稲盛和夫のベストセラーである「生き方」という本にこういう話があります。

「心が呼ばないものは自分に近づいてくるはずはない」


運命を拓きたければ、心がそう思わなければ拓くはずはないのです。


また最新刊であり集大成と言われる本「心。」の小見出しには「強き心で成し遂げる」というものがあります。


心で始まり、心で終わる。

稲盛和夫の名言から、心のあり方が、生き方を良きものすることを示唆してくれてます。


天風哲学の最大の再現者であるとも言えます。

ホームラン王 王貞治

ホームラン王 王貞治
王貞治 画像は「読売巨人軍公式サイト」より

世界のホームラン王、王貞治。

王は実際は中村天風の弟子ではありません。


後述する心身統一合氣道 藤平光一の弟子です。

ですから孫弟子ということなります。


ヤクルト、西武を日本一に導いた名監督、天風の直弟子・広岡達朗が王についてこのように述べてます。

「王の育成方法に悩んでいた故・荒川博コーチが、王を天風先生の教え子で心身統一合氣道の創始者の藤平光一先生のもとに連れて行った。


そこで、王は藤平先生から直々に心身統一法の指導を受けるようになり、やがて左足だけで立ってもびくともしなくなった。


つまり、一本足打法の源流にも天風哲学があったのです」


(文字装飾筆者)

出典 週刊現代 あの大谷翔平も心酔する、中村天風とは何者か 


後でも述べますが、この流派の「心身統一」は中村天風の「心身統一法」から採られてます。

もう打てないんじゃないかという恐怖は、常について回るんです。

結果を残してきた人ほど不安と戦ってきたはずだし、恐怖心を持っていない人は本物じゃない。


その怖さを打ち消したいがために、練習するわけです。

(文字装飾筆者)

出典 名言+Quotes 王貞治の名言 

王自身も常々「恐怖」「恐れ」を抱き、毎日の「勝負」に出ていたのです。

その「恐れ」に打ち克つのは、「正しい練習」だったと言います。


この部分「正しい」というのがとても重要です。

一所懸命にやっても「間違った」練習なら望む結果は出ないからです。


この「正しい」練習とは「心身を統一させてやる」ことであり、心のあり方が全てを決めるのです。


この「恐れ」に関する王の言葉は覚えておいて下さいね。

これが後々キーワードになります。

MLB 大谷翔平

MLB 大谷翔平
大谷翔平 画像は「gooニュース(Photo by Lindsey Wasson/Getty Images)」より

最近になり、「中村天風」と「運命を拓く」が再び注目されるきっかけ作ったのは、大谷翔平です。


彼が「運命を拓く」を読んでいるのが分かり、「中村天風」とは何者だ?と騒がれたからです。


大谷自身、中村天風に直接言及したものは今のところありません。

しかし彼が発した言葉にこういうのがあります。

頭で最初に考えて、そして後からモノができる。

160キロ投げている姿がある。


そこに後からできる現実がある」


(文字装飾筆者) 

出典 大谷翔平:モチベーションの上がる名言90選 


これは、「心が身体を動かす」を理解しているからこそ出る言葉です。


「潜在意識を常に積極的概念で満たす。」

「人間の思ったことが現実の世界を作る。」

「人生は心一つの置きどころ」



これらは生前、中村天風がよく口にしていた教えです。

「思ったことが現実化する。」


大谷翔平が中村天風の教えを、具現化しているとも言えます。

それは大谷翔平自身が信念の塊であるからでしょう。


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スポーツキャスター 松岡修造

スポーツキャスター 松岡修造
松岡修造 画像は「松岡修造オフィシャルWEB サイト」より

元プロテニスプレーヤーで、現在スポーツキャスターである松岡修造

松岡修造は至る所で中村天風について紹介していることで知られています。


今の明るくエネルギッシュな松岡修造からは想像できませんが、プロ時代は怪我と病気で3度の挫折を味わっています。


度重なる試練で心が折れ、その将来に「恐れ」を抱いたとき、中村天風の「絶対積極」の思想に出会います。


「絶対積極」とはいつでも「積極」ということではありません。

私たちが普段考えている「積極」を超えたものです。


今、金があろうがなかろうが、構わない。

今、生きようが死のうが構いはしない。


どんな時でも悠然と自若。

泰然としている心。


これを絶対積極と言います。

崖っぷちありがとう!

最高だ!

出典 名言+Quotes 松岡修造の名言

これは少し違うかも知れませんが(笑)、崖っぷちに立っていようが、平地の上にいようがその心のあり方は変わらない。


これが絶対積極です。

例え自分のすぐ横に雷が落ちてきても、平時と何ら変わらね心のありようです。


この境地になるために、普段からの言葉に氣を配ること。

潜在意識を常に「勇気」の状態で維持していく。



これが天風の教えでもあります。

心身統一合氣道 藤平光一

心身統一合氣道 藤平光一
藤平光一(右) 画像は「心身統一合氣道会 HP」より

「合氣道」

今、わが国でも盛んに行われている武道の一つです。


この武道を国の内外に広めた功労者は「心身統一合氣道」の藤平光一です。

今回紹介する人物の中では、少し知名度が低いかも知れません。


藤平光一の合氣道が、他の流派と異なる点。

それは合気は「天地の氣」に合わせるという解釈なのです。


この解釈に至ったのは中村天風と出会ったからです。

「心が身体を動かす。」という思想に触れたからです。


藤平光一自身は、天風の直弟子であり且つ高弟の一人でした。

天風が死後後継にと考えていたほどの人物です。


天風の教えである、「心と体(身)を統一して使う」というものを具現化するには、合気道は一番合っていた武道だったのでしょう。


現にここから弟子として羽ばたいたのが、先の王貞治です。

そして昭和の大横綱・千代の富士も藤平光一の弟子なのです。


合気道に心身統一の思想を取り入れ、武道以外のスポーツや、実業界までに応用させたのは慧眼だったと言えます。


この高弟であるが、少しマイナーである藤平光一を取り上げたのには理由があります。


それは藤平光一が残してくれた言葉が、中村天風のスピリチュアルな部分を、輝かせるからです。

(以上、ここまで敬称略)

天風の最期の言葉と、現代における教えに欠けたもの

天風の最期の言葉と、現代における教えに欠けたもの

中村天風の一連の教えは一般的には自己啓発の分野です。

しかし「スピリチュアル」にも分類されることが多々あります。


何故でしょう。

それは天風の教えに「宇宙霊」という考えがあるのも一因です。

これは全に帰するという意味合いが強いのです。


それを一番現わした天風の言葉をご紹介します。

天風最期の言葉と言われてます。

その最期を看取った二人(筆者注釈:東野公一氏と有泉金水医学博士)に天風先生が言われたのが、「おれが今まで長年教えたことは、みんな忘れろ」ということだった。


(中略)

天風先生が、最期に「教えたことを忘れろ」と言って、さらににやりと笑って亡くなられた意味は深い。


(中略)

私はここに改めて天風先生の凄みのようなものを見た思いがした。

本当の師とはこういう人を言うのであろう。 


(文字装飾筆者)

出典 中村天風と植芝盛平 氣の確立 藤平光一 著 1992年2月12日 第3刷 東洋経済新報社

天風の最期の言葉を正確に伝えているのは、藤平光一師範だけだと思います。

他の書物では見たことがない。


天風の教えの真髄は「心が身体を動かす」そして「積極」「信念」です。

そして「絶対積極」という何事にも動じない、泰然自若の境地になることです。


「全より出でて、全に帰する」

これは究極的には「恐れを無くす」あるいは「恐れを友(共)にする」という境地のことです。


人は顕在意識がある限り「恐れ」から逃げることは出来ません。

顕在意識は人や物とを分離させ「個」という認識を強くもたらすからです。


天風が悟ったとき「我、孤(こ)ならず。」と言ったのは、私たちはこの世の構成物の一つでしかないことを知ったからです。


今、天風の書物や言葉が持てはやされています。

それを読んだ、あるいはそれに基づき修行して何人成果が出たでしょう?


ほとんど出てないでしょう。

それは「恐れ」への対応が出来ていないからです。


「心が人を、身体を動かす。」

その「心」が恐れについて解決出来ていないなら、「運命を拓く」ことは出来ないのです。


また天風があまりにも「心」の在り方について強調したため、「体」の方が軽視されている傾向があります。


心を変えるだけで現実が変わると思われているのです。

これは間違いです。


天風の本で「錬身抄」という本があります。

この本は体の在り方について述べています。

ただこれあまり有名ではないんですが・・・・


「行動」しないと、現実を変えることは出来ないのです。

行動が一番潜在意識を書き換えるのです。


天風が「忘れろ」と言ったのは、恐らくは自分の教えが亡き後は、正しくは伝わらないことを見越していたからだと推測されます。


また、この世は当然に変化し、唯一絶対のものはないと教えてくれたのです。

そして人は当然に「変化」という未知の部分に「恐れ」が生じます。


結局は「恐れ」を克服しないと「運命を拓く」ことはできません。

だから「忘れろ」こそが天風のスピリチュアルの真骨頂なのです。


この世には変化しないものなどない。

これを踏まえて私たちはどのようにして「運命を拓く」ことができるでしょう?

私たちの「運命を拓く」べく、現代に再活用する。

私たちの「運命を拓く」べく、現代に再活用する。
中村天風が自ら書いた著作 画像は「中村天風財団HPより」

中村天風の教えは、真髄が分かれば複雑化した現代社会にも十分活用出来ます。

「心が身体を、人を動かす」

「運命を拓く」ためには「心」に巣くう「恐れ」に対処しなければなりません。


この記事前半の天風の半生を読み返して下さい。

天風が何故悟りの境地に入れたのか?


それは「恐れ」に対して向き合ったからです。

業(カルマ)とは決して過去生のことではありません。

私たちが今まで生きてきた中で蓄積された記憶が、足かせとなっているのです。


聖カリアッパ師も病の原因はそれだと指摘しています。

では恐れと向きあう時、あるいは向き合わなければならない時。

それはどんな時でしょう?


それは「試練」の時です。

「試練」と聞くと「苦痛」が思い出されます。


「自分はなんて運が悪いんだ?」

「私にどうしてこんな苦痛が襲ってくるのか?」


まさに運命や宿命を呪いたくなる時です。

しかし「試練」の本来の意味はそれではないのです。


自分の実力やその決心を厳しく試すことが「試練」の本来の意味です。

これは今ある運命を乗り越えるためのものです。


この試練を乗り越えるポイントを、このブログの金山(サトリ)編集長が現代風に解説をしてくれてます。


関連動画:運命は乗り越えられる 全知全能を信じると支配を受けやすい


恐れを克服するということは結局は、「自分のことを知り、他人のことを知り、世界のことを知る。」こと。

そう、「知る」ことなのです。


中村天風は、何故悟りの境地に至らねばならなかったのでしょう?

中村天風を敬愛し、成功した人物たちが、何がキッカケで天風哲学の扉をたたいたのでしょう?


そしてこのブログの金山(サトリ)編集長も、何を克服すれば世界が変わるのかといっているのでしょう


それはみな「恐れ」の克服から始まっています。

そこを押さえて初めて、天風哲学が生きて来ます。


そして天風やその弟子たち、また天風関係者に関わらず、「恐れ」を克服した方たちが「創造者」として歩き出すのです。


これが「運命を拓く」の真髄です。


関連動画:
2_3 運命の奴隷として生きることから脱する【創造者としての目覚め】自分探しを終わらせるプログラム 

この記事のまとめ

中村天風の教えは、その真髄が分かれば複雑化した現代社会にも十分活用出来ます。「心が体を、人を動かす」そして「運命を拓く」ためには「心」に巣くう「恐れ」に対処しなければなりません。長々と書いた天風の半生を読み返して下さい。天風が何故悟りの境地に入れたのか?それは「恐れ」に対して向き合ったからです。(引用)業(カルマ)とは決して過去生のことではありません。私たちが今まで生きてきた中で、蓄積されてきた記憶が足かせとなっているのです。聖カリアッパ師も病の原因はそれだと指摘しています。そして天風が抱く死への恐れを克服するため、更なる恐れを与えて「天と地の声」を聞く修行をさせます。更なる恐れとは、天風が患っている結核すら忘れるほどの境遇でした。(以上)では恐れと向きあう時、あるいは向き合わなければならない時。それはどんな時でしょう?「試練」の時です。「試練」と聞くと「苦痛」が思い出されます。「自分はなんて運が悪いんだ?」「私にどうしてこんな苦痛が襲ってくるのか?」まさに運命や宿命を呪いたくなる時です。しかし「試練」の本来の意味はそれではないのです。自分の実力やその決心を厳しく試すことが「試練」の本来の意味です。これは今ある運命を乗り越えるためのものです。この試練を乗り越えるポイントを、このブログの金山(サトリ)編集長が現代風に解説をしてくれてます。関連動画:運命は乗り越えられる 全知全能を信じると支配を受けやすいhttps://www.youtube.com/watch?v=EW6vaMKpals 
恐れを克服するということは結局は、「自分のことを知り、他人のことを知り、世界のことを知る。」こと。「知る」ことなのです。中村天風が何故悟りの境地に至らねばならなかったか?中村天風を敬愛し、成功した人物たちが、何がキッカケで天風哲学の扉をたたいたのか?そしてこのブログの金山(サトリ)編集長も、何を克服すれば世界が変わるのか?それはみな「恐れ」の克服から始まっています。そこを押さえて初めて、天風哲学が生きて来ます。そして天風やその弟子たち、また天風関係者に関わらず、「恐れ」を克服した方たちが「創造者」として歩き出すのです。関連動画:2_3 運命の奴隷として生きることから脱する【創造者としての目覚め】自分探しを終わらせるプログラムhttps://www.youtube.com/watch?v=6Bi7D_LaN4c 

ここまでお読み頂き、有難うございました。

「運命を拓く」ことについて、またその本の述者である中村天風について、理解が深まってくれたでしょうか?

長くなりましたので、ここでまとめとします。

  • 「運命を拓く」とは中村天風という方の本の題名が元になっている。
  • 中村天風とは大正時代から昭和時代にかけて、活躍した今でいう自己啓発家である。

  • 潜在意識を自己啓発に取り入れた先駆者が中村天風である。

  • 「心が身体を動かす。」現在当たり前と思われていることを初めて喝破したのが中村天風である。

  • 潜在意識を顕在意識で言葉により、変えていくことを提唱した。
  • 中村天風の薫陶を受けた著名人は大谷翔平さんを初め、多数いる。

  • 中村天風がその最期に「自分が教えたことは忘れろ」と言ったのは、自分の教えが正しく伝わらないことを見越してのことと思われる。

  • またこの世は必ず変化するので、変化への恐れへの戒めとも考えられる。
  • 「恐れを克服する」ことが「運命を拓く」唯一の道である。


とても長い記事となりました。

「運命を拓く」


そして中村天風やその弟子たちについての、情報をかなり盛り込みました。

一度で読み切るのは難しいと思います。


そこでこの記事をブックマークするか、お気に入りに入れ、隙間時間などを利用してお読み下さい。


7回読み返してもらえたら、効果が出るように書いています。

今でも読み継がれている「運命を拓く」、そして「中村天風」の一連の書物。


それらの究極は「恐れを克服する」ことがテーマです。

中村天風は、恐れを克服し、初めて「心」の在り方に言及した人です。


しかし多くの人がもう一つのことを失念してます。

恐れる心を変えるには行動なのです。


中村天風は「心」で有名になりましたが、実はキチンと体のことも言及はしているんです。


そこが現在、おろそかにされています。

変えようとする「心」でまず行動しましょう。


成功や失敗を気にせず、行動することで必ず変化があります。

もし、思いためらったり、行動できないようならこの記事をご訪問下さい。


行動だけが意識を変える ~ 現実を変える力を人だけが持っている。


心で思い、行動で記憶に焼き付けること。

それで恐れを克服することが出来るのです。


この記事があなたの「運命を拓く」ことができることを願い筆を置きます。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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本気で人生を変えたいあなたへ

最後まで読んでいただき、有難うございます。

実は私は以前はほぼ全ての「スピリチュアル」には否定派だったのです。

そんな「非科学的」なものはあり得ないと、言い切っていた人間でした。


以前の私はビジネス的な成功を目指して、自己啓発の道を模索していたのですが私のビジネス系の友人がFacebookでシェアした記事が、ある朝、目に入りました。


「左脳系スピリチュアル」


これがビジネス系で出ていたのです。

そして、これがサトリさん(金山慶允さん)との出会いでした。


サトリさんの「スピリチュアル」は、「左脳系」と銘打つように「論理的」であり「冷静」。

そして「理論的」でした。


それは今まで見たどの「スピリチュアル」とは違う、まさに本物だと驚きを隠せず、私は仕事をさぼってまでサトリさんの過去記事に没頭する日々が続きました。


少し話は変わりますが、この世で一番スピリチュアルなものって何だかご存じですか?

サトリさんはそれを明確に教えてくれます。


「お金」です。


「そんなバカな」と思われるでしょう。

それは無理もありません。

今まで習われたスピリチュアルとは全く異なりますからね。


でもそれは事実なのです。

お金、そして価値は「人」の心が決めているからです。


サトリさんは人としての本質、そして人としての幸せの追求を「ビジネス」というものを通じて教えてくれます。

そしてそれが「霊性」の理解へたどりつく道であることを教えてくれます。


今回ご紹介する【サトリ式ビジネス講座】

これはその名のとおり「ビジネス」です。


しかし、

お金より「時間持ち」になることが真の豊かさであること

正しいビジネスをすることで「徳」を積み、人格を上げること

そして人間らしさをつかむ5つの自由を獲得すること

ビジネスを通じて「徳」を積むことで、人格向上を目指し、時間にもお金にも恵まれた真の自由人になること


を教えてくれます。


「真の自由人」

それは今まであなたを苦しめていた悩みを解消する「時間」を作り出せる者です。


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