宿命と運命の意味の違いとは?宿命は初期設定、運命は変えられる

宿命と運命について考えるとしたらどんな時でしょう?

  • 自分の努力ではどうにもならない課題と直面した
  • 思い描いた通りの人と出会えた
  • 切っても切れない縁を感じる

そんな時に宿命や運命の存在が気になると思います。

「宿命や運命の力が働くのなら、自分の努力は無駄だろうか?」と感じる人も多いようです。

「どうせ運命で決まってるのだから健康なんて気にせず好きなことやります」

と暴飲暴食、飲酒喫煙、不規則な生活の極みを過ごす人とよく出会います。

おそらく、宿命や運命を誤解しているのだろうと思います。

病院で勤務していた時間が長かったせいか、私は特に人の生き死にに関して、宿命や運命を考えさせられることが多かったです。

そんな私が、宿命と運命について整理してみました。

その結果、人生を迷いなく生きるヒントが見つかりましたので、迷子になりかかっている人は是非お読みください。

【編集長による講義】BGM的に再生しながらこの記事を読むのがオススメです。

宿命は乗り越えられる。運命は変えられる

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また、関連した内容の記事をこちらにまとめておきました。

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併せて読むことで、この記事の内容もより、理解が深まり、自分の中に落とし込めるはずです。

少々長い文章になっています。

何度も繰り返しお読みいただいたり、時間をあけて読まれるときのためにブックマーク登録をされることをお勧めします。

それではリラックスして読み進めてみてください。

宿命と運命の意味の違いとは?

人生は全て決まっている、と表現されているのを見たり聞いたりした経験はありませんか?

何かネガティブな出来事があった時や、自分の想像を超える出来事を迎えた時に、「運命、宿命」という言葉を使う場面があります。

「それは宿命だろうから諦めるしかないね。」

「それは運命的なものだね。」

「あの時が運命の選択だった。」

といった具合に。

「宿命」と「運命」は、言葉の響きが似ていますが、意味は異なります。

この二つの言葉の意味を理解して使っているかどうかで、人生は変わってきます。

言葉には力が宿りますからね(言霊)。

それでは、両者の違いを見ていきましょう。

宿命とは何か?

宿る命と書いて、宿命という言葉になっています。

ですので宿命とは、あなたがこの世に生まれた時、命が宿った時に決まっていることを指します。

  • 生まれた場所
  • 実の両親
  • 生まれた時期
  • 家族構成
  • 性別
  • 容姿(見た目)

などです。

前世はともかく、変えられない初期設定のこと

宿命の例を見ていただいてお気づきかと思いますが、宿命というのは「自分で変えることができない」ものです。

生まれた時には既に決まっていて、そこから変えることができないという意味で、宿命は「初期設定である」と言えます。

カードゲームの時に最初に配られたカードのようなものですね。

スピリチュアルにはまっている人からは、宿命について「前世で〇〇だったから・・・」とか、「前世のカルマが・・・」と話を聞くことがあります。

解釈はそれぞれですので、考え方に違いが生じてしまう場合はあるでしょう。

ですので、本人がどのように解釈するのも自由ですが、私は前世を絡めてしまうとややこしくなると思っています。

前世が宿命を決定するのだとしたら、宿命とは前世になりますか?

宿命とは既に決まっていることを指すのではっきりしますが、前世は証明のしようがありません。

はっきりしないものを持って、はっきりしているものを語るのはややこしさが増すだけだと思うのです。

ですので、ひとまず前世は切り離して、宿命を「今の自分の人生で最初から決められているもの」として扱いましょう。

『宿命とは、自分で変更不可能な初期設定のことを言う』

では、運命とはどんな意味でしょう?

運命とは何か?

運命は「運ぶ命」と書きます。

運命は私たちが自分で選んだ選択肢によって変化するものです。

選択肢の「種類」を自分で決めることはできません。

宿命に沿った選択肢が、あなたの前に現れます。

私たちの思考や行動によって選んだ選択肢が、次に現れる人生を変えていきます。

その意味では、運命は「自分で変えていける」ものと言えますね。

宿命と運命は対極の存在のように思われますが、運命は「宿命という初期設定にある程度則って巡ってくる」選択肢です。

その選択肢の中から自分で選べるのです。

その人の意志に関わりなく運ばれてくるもの

運命の選択肢は、ある程度は宿命に則って巡ってきます。

例えば、私が生まれた家庭環境は、音楽や絵画などの芸術感覚に秀でたり興味がある人はいませんでした。

身の回りに芸術に触れる選択肢は現れません。

しかし、仮に両親が画家だったり、趣味で絵を描いていたりすれば、私の人生にも「絵を描く」選択肢は生まれたかもしれないですよね?

私の生まれた環境と私の資質では、芸術方面に進む選択肢との巡り合わせは運ばれてこなかったのです。

その代わり、健診センターに勤務する父、病気がちな母、怪我の多い私、という設定から、自然と医療関係の情報や選択肢を選ぶようになり、結果として医療従事者の資格をとりました。

運ばれてくる選択肢は、ある程度、宿命に沿ったものとなります。

初期設定に対して全くのイレギュラーな選択肢は巡ってこないのです。

巡ってこない以上、選ぶことはできませんね。

『運命は、宿命によって運ばれてきた選択肢を選ぶことでデザインが可能』

運命と宿命の違いがわかりましたね。

宿命が変更不可能だとしたら、人生は決まりきったものになってしまイメージが湧きますね。

変えようとするとどうなるのでしょうか?

宿命を変えようとすると不幸になる

宿命は、変更不可能な初期設定であると書きました。

しかし、あまりにも厳しい現実を送る人は、その宿命を変えたいと望むのではないでしょうか?

誰しもが自分に与えられた宿命に納得しているわけではなさそうです。

変えられないとはいえ、こんな状態が続くのは嫌だ、なんとか変えられないものか。

そんな風に感じても不思議ではありません。

変更不可能と言われる宿命を「変えようとする」と何が起きるでしょうか?

それは、苦しみを生むのです…

例を挙げて解説します。

生まれ持った性格

生まれ持った自分の性格は宿命です。

つまり初期設定です。

その性格を変えようとすれば、「無理」が生じます。

ストレスですね。

無理をして性格を変えた結果、その変えた性格に適した人たちが周囲に現れます。

そして、その人たちは「性格を変えたあなた」が本当のあなただと思い込みます。

あなたは、無理をして本来の自分とは違う自分を演じ続けないといけません。

ストレスを感じるだけでなく徐々に、本来の自分がわからなくなってしまいます。

そうなってしまうと何が困るでしょう。

「宿命に沿った運命の選択」を誤る結果になってしまうのです。

誤った運命の選択は不幸な人生を生み出す可能性があります。

両親や家系

自分の実の両親、その両親、その両親、、、があって、今のあなたはこの世に存在しています。

いわゆる家系ですね。

先祖と呼ばれるその方々が、どんな人かは別の話として、その人たちの存在無しには今のあなたはあり得ません。

その存在を「変えてしまいたい」と思うのは、「自己否定」にもつながります。

自分で自分の存在を認められないというのは、とても辛い人生を過ごします。

豊かな人生には自己効力感が重要です。

両親や先祖を変えたいという気持ちは、自己効力感とは真逆のものであると考えます。

自分の『個性』となるもの

肉体の性別ではなく、あなたの心にも性別があります。

体は男性だけど、心は女性という具合に。(その逆のパターンもしかり)

心の性別だけでなく、異性と同性の両方に抱く恋愛感情。

そういうものは、その人の「個性」であり初期設定です。

他にも、こだわりが強いとか、音や光に対しての感覚が過敏である場合も同様に初期設定と考えます。

「他の多くの人とは異なる」個性を持っていると、周囲からの目や言動が気になりだします。

初期設定である、その個性を変えてしまいたいと思うことは(先ほどと同じで)、自分に嘘をつくことになります。

「他の多くの人とは違う自分が間違っているんじゃないか?」と、自分を責める場合もあると聞きます。

自分の個性を変えようとする気持ちの裏には、そういう感情があります。

これも自己否定ですよね。。。

初期設定である宿命は、書き換えるものではないのです。

では、性格、生まれた環境、親、個性などの宿命によって苦しみを感じている場合はどうすればいいのでしょう?

宿命は自己受容することで乗り越えられる

本来、宿命は人生を不幸にするようにはなっていないと言われます。

しかし、宿命で苦しむパターンでは、そうは感じられませんよね。

自分の置かれた環境が悪いから、人生が悪い方向に向かっていくのだと感じているようです。

「良い/悪い」の判断は誰がどのような基準でしているのでしょう。

初期設定である宿命は、絶対的なものであって相対的なものではありません。

「良い/悪い」を論じ始めた瞬間に、比較が始まっています。

宿命というのは本来、他人との比較はできないものなのです。

宿命は変更不可能、そして誰かと比較することもしない。

そうであるなら宿命は、自分ではどうすることもできないのでしょうか?

私は、自分でできることはあると思います。

それは宿命を「受け容れる」ことです。

スピコジの編集長が、運命、宿命、カルマについての説明をしている動画も参考にされてください。

受け容れるというのは「耐える」とか「我慢する」という意味ではありません。

ポイントは二つで、「嘘をつかない」と「肯定的に捉える」です。

例えば、あなたが自分自身で欠点と感じる生まれながらの性格があったとします。

存在する環境や所属する集団が変わると、その性格は周囲の人を助ける能力である場合があります。

また、肉体の性別と中身の性別が異なる時、性転換の手術を受けたとしても宿命を変えたことにはなりません。

宿命を受け容れ、宿命に従ったと捉えられます。

大事なことは自分の中身の気持ちに嘘をつかないことです。

そして、それにあった集団や環境に身を置くことで、宿命に正直に生きることができます。

宿命を受け容れて、自分に嘘をつかず、肯定的に捉えると決めると、それにあった選択肢が運命として現れます。

運命の選択を迫られた時に、宿命を自己受容できていると、それに沿った選択ができるようになるのです。

運命に流されると不幸になる

運命に流される人生とは、自分から主体的に決断していない状況と考えます。

「運命に任せよう」という言葉の裏には「思考停止状態」が存在しています。

過去の記憶や習慣による意思決定である「エゴの執着」と同じく、運命に身を任せることは必ずしも適切な方向に進みません。

*エゴや執着に関しての関連記事はこちら

自我(エゴ)には、自らが創造したものを 執着へと変える習性がある いまここに集中すること

場合によっては不幸な人生を歩む可能性もあります。

運命に委ねることの注意点をまとめましたので、次をお読みください。

人や物事との出会い、巡り合わせ

仏教用語で因縁生起(縁起と略される)という言葉があります。

意味は「全てのものは因縁によって生じる」だそうです。

事の起こりである直接的な原因「因」と、それをサポートする間接的な原因「縁」の二つの存在によって結果が生じると解釈します。

ここまでの解説で言うと、宿命が因で、運命が縁とも考えられますね。

あなたという人(因)と、周りの人や物との出会い(縁)で、あなたの人生はデザインされていきます。

つまり、あなた自身の運命は、他人の運命とも関わりあっているわけです。

人生はそういった「関係性」で構成されています。

*縁起についての関連記事

天命を待つこと、天命を知ること。潜在意識の活用の秘訣とは?

仮にあなたが、どこかの集団や組織に属しているとします。

その環境で、あなたが自分の宿命に基づいた運命の選択を主体的に行わないとしたら、所属している他の人の運命の選択によってあなたの人生が決定される場合があります。

その場合、あなたの宿命に基づいた選択がされていないので、あなたの人生は宿命に沿わない人生となる可能性が高まります。

あなたが主体的に、自分の宿命に沿った選択をしていれば、そうはなりません。

だから「運命に身をまかせる」という態度は、あまり好ましいものではありません。

天災や事故など

悲惨な事故や、自然災害に関しても同じようなことが言えます。

巻き込まれることが宿命であれば、それは逃れようがないものと考えます。

しかし、度重なる運命の選択の結果、それが起こることも考えられます。

思考停止状態で「いつも大丈夫だから」という理由だけで、選択や判断を繰り返していると、事故に遭うことが宿命である人の運命の影響を受けてしまうという考え方ですね。

仏教の考え方には因果応報というものがあります。

天災や事故に遭うのにも、なにかしらの原因(縁起)が絡むと考えることができます。

自らの宿命でないとしたら、天災や事故に遭う理由は、運命の選択です。

自分の宿命に沿わない選択を続けたり、自分から選択することを放棄すれば、縁起により誰かの運命の選択に便乗することになります。

運命は自分で選ぶことができるのですから、思考停止にならずに過ごしていきましょう。

時代の風潮や歴史的な動き

映画「関ヶ原」を見た時に感じたことがあります。

それは、歴史上の大きなことというのは誰かカリスマ的なリーダーの神がかった決断により起きるのではなく、「大衆の空気で決まる」ということです。

東軍、西軍に分かれての戦だったわけですけど、最終的な兵力の差を作ったのは「どっちつかずの軍」だったのです。

もちろん映画ですので脚色された内容になっていることでしょう。

でも、真理をついているなあ、と感じました。

最初から心を決めていた西軍の武将は、最後まで自分の意思を貫き討ち死にします。

戦に負けた西軍の石田三成も、納得の表情を浮かべていました。

「自分は義を貫いた」と。

しかし、表向き西軍で、実はどっちつかずの小早川秀秋は違いました。

ギリギリの場面で東軍に加担した小早川秀秋は、戦では勝利した軍にいましたが微妙な感情になっていることを表現されていました。

勝利した方の軍勢にいたのに、居心地が悪いのは、自分の意思を貫いていなかったからでしょう。

特に強い志を持たない「その他大勢」によって、運命が決まるなんて残酷ですね・・・

そんな風に、運命を「空気感」に任せてしまうと、後悔が生まれることもあるのです。

宿命は変えられないですが、運命は自らの選択によって選択できることが変化していきます。

自分の人生を自由にコントロールできるのです(宿命の範囲内で)。

起こることは変えられないが意味は変えられる

宿命は変更不可能な人生の初期設定でした。

そして、人生で巡り会う運命もその初期設定の影響を受けています。

ということは、自分の選択に自由度はありますが、ある程度コントロールされた中での選択になりそうですね。

自分の親のことや、生まれつきの性格そのものは、どんな状況であっても変えることができません。

私自身の生まれつきの性格は「こまかい」とか「神経質」と表現されるものだと思っています。

こだわりも強いので、「めんどくさい男だ」という印象を周囲に与えることが多く、自分自身としては「困った性格だ」と思っていました。

しかし、そのこまかさや神経質さを「相手のために」発揮しているときは、「丁寧に見てくれて嬉しい」と言われます。

性格は変わらなくても、表現する対象や環境が違えば、意味は変わってきます。

自分が心地よく感じて、それでいて喜ばれる環境であれば、宿命とも言われる生まれついての性格も意味が変わってくるのだと思います。

その環境に巡り合えるかどうかが運命の選択なのでしょう。

宿命と運命の関係がだいたい見えてきましたね。

宿命と運命を味方にする方法

生まれながらの性格や、幸せの感じ方の大部分は遺伝による影響を受けると研究結果でも言われます。

宿命が変更不可能な初期設定であることは、いよいよ受け容れるしかないことがわかります。

スピこじの編集長は次の動画で環境からの影響についても説明しています。

調べていると、「宿命は人生を不幸にするようには設定されない」、と書かれているものがありました。

初期設定にしたがって人生を送ることができれば、不幸は感じないという解釈でしょうかね?

だとしたら、幸せな人生を送るには「自分にとっての宿命」を知り、運命を手繰り寄せられたらいいわけです。

どうすれば、それが可能になるでしょうか?

ポイントはゴール設定にあります。

宿命を踏まえたゴール設定をする

目標やゴールをなんとなく決めれば良いわけではなく、宿命を踏まえての設定をしましょう。

その際に、宿命を知ることが重要で、それには自分自身に問いかけないといけません。

例えば、

  • 日本で日本人として生まれた意味は?
  • 今、この年齢を迎えている意味とは?
  • この両親の子として生まれた意味は?

という問いを自分に投げかけて答えていく感じですね。

この問いは、自分の初期設定を掘り下げる目的があります。

そして、多くの場合、答えが見つかりません・・・。

そこで、先ほど触れた「遺伝」がヒントになるのです。

自分の親を観察、分析して自分と対比することで、自分自身の未来像が描けます。

自分が知らなかった自分の性格に気づくこともできるでしょう。

親が経験した内容の中に、自分の現状や未来と関係する内容があるかもしれません。

私自身が感じるのは、親が何気無く私に話していた言葉の中に、私という人間を表していると思える言葉がありました。

親は子の宿命について無意識に理解しているものなのでしょうかね?

親だけでなく祖父母も含めた家族との会話は大きなヒントになると思います。

あとは、これまでの人生を振り返るのも有効です。

自分がどんな思いで、どんな選択をしたら、どんな結果が訪れたか。

そして、その後の選択との関係は?

という風に、これまでの人生を遡っていくと、自分の宿命に気付きやすいです。

宿命は人生を不幸にするものではない、ということなので、もしも不幸な体験をしているのだとしたら、その選択は宿命からは外れたものかもしれません。

以上を踏まえて、幸せを感じる方向にゴールや目標を設定するのがは先決です。

ゴールを決めればそれに向けて運命が動き出す

最終目的地を明確にできると、それに見合った選択をするようになります。

運命として訪れる選択肢は、宿命に沿っているものだと言われます。

しかし、目的地が間違っていると間違った選択をすることになります。

目的地が明確になっていると、運命の選択を目の前にしても適切な選択ができるようになりますよね。

よく見聞きする「引き寄せの法則」と構造が似ています。

*引き寄せの法則についての関連記事はこちら

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人事を尽くして天命を待つことが、引き寄せの法則の極意だった

宿命に沿って運命の選択肢は現れるので、エゴによる選択ミスをしなければ、ゴールに向かいます。

不幸を感じることも少なくなるでしょう。

年齢を重ねていくと、目的地だと思っていたことが実は通過点だった、という現象も起こります。

私自身も医療の仕事が人生における目標だった時もあったのですが、今は変わってきました。

こうやって執筆の仕事もするようになっています。

方向性を間違えたというわけではなく、必要な経験をして今があると、心から思えます。

人生の中で、迷いが生じたり、立ち止まっている感覚がある時は、目的地の修正か選択のミスを知るタイミングだと感じています。

宿命と運命という見方で人生をデザインしていくと、少なくとも不幸な人生からは脱却していけるのではないでしょうか。

人生を不幸に感じている場合は、「宿命の意味を誤解して自分を呪ってる」だけの時もありますので、尚更ですね。。。

あなたにしか生きられない今生の人生を大切に

宿命は変更不可能な初期設定。
運命は宿命に沿って現れる。

そんな風に言われると「人生は最初から決まっている?じゃあ、努力とか意味ないの?」と感じられる人もいるかもしれません。

決まっているのは「初期設定」であって、人生全体ではないのです。

目の前に現れる運命の選択を、あなたはあなたの「自由意志」で選びます。

誰かに選んでもらうわけではないのです。

その選んだ選択によって、次の運命の選択肢は変わってきます。

何を持って「努力」と表現するかは、人それぞれですが、「自らの行動と決断」によって人生は決まっていきます。

宿命に沿って運命の選択肢は現れます。

その宿命から大きく外れた選択ばかりを続けると、宿命に近づけるための大きな選択を迫られることもあると聞きます。

大けがや、重病や、大事な何か(人や物事)との別れなど、がそうですね。

浮き沈みの大きいドラマティックな人生を好む人もいるかもしれませんので、どう生きるかはあなたが選んだ選択次第です。

どんな人生を送るにしても、選択を自分以外の存在に委ねていると、あなたは「あなたの人生を生きていない」ことになります。

人生はある程度決められてはいますけど、自分自身で自由に選べるのです。

自分の人生を大切に生きるには、賢さが必要になります。

学問の知識ではなく、「自分の初期設定」、「自分が選択してきたこと」、「選択の結果起きたこと」を整理して、人生の目的地を決める賢さです。

今の人生の始まりである親との繋がり、今まで生きてきた自分を形成した環境を丁寧に見ていけば、幸せに生きるヒントが見つかります。

この記事のまとめ

この記事のまとめ

「運命論」や「宿命」という言葉から、「生まれた時点で決められているのだから、何をしても結末は同じ」のような印象を抱く人は多いと思います。

実際には、人生を過ごす過程で因果や縁起が働くので、人生は変わっていきます。

あなたの意思、思考、行動で現実に体験する人生は変化していくのです。

その理解のために必要な「宿命と運命」の意味について解説しました。

私なりのポイントをまとめますが、ぜひ記事全体を何回か読み返して、「自分自身のポイント」をノートなどにまとめてみてください。

・宿命とは自分では変えることができない人生の初期設定をいう。

・運命は宿命に沿って現れる選択肢をいう。

・運命は自分の決断によって変えていける。(選択の自由が自分にある)

・変更不可能な宿命を変えようとするのは、自己否定につながり不幸な人生を招く。

・自分に嘘をつかず、宿命を受け容れることで、それに見合った選択肢が現れる。

・運命に委ねる、というのは自分の人生に対しての思考停止状態。他人の運命に飲み込まれるので注意が必要。

・宿命は意味の解釈次第で、呪う対象にも人生の道しるべにもなり得る。

・宿命を踏まえた上でのゴール設定は、運命を味方につけることができる。

・宿命を知るには家族、特に親との会話など、過去を振り返り自分自身を棚卸しする。

・人生は宿命によって決められているが、瞬間瞬間の意思決定は自分で自由に行える。

・宿命に沿って生きていけば、不幸な人生とはならないと言われる。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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ここまでお読みいただきありがとうございました。

「願ったことが叶う」といった具合に、宇宙の法則はシンプルな因果関係で説明されているのを聞いたことがあると思います。

そうなのでしょうか?

私は病気や怪我からの回復や、再発の予防という分野で仕事をしていました。

その現場では「そんなにシンプルか?」と感じるような出来事をたくさん経験しています。

勉強していく過程で「体、心、魂」の関係性によって病気や怪我が生まれるのではないか?という考えに至り、スピリチュアル関連の書籍を読み漁っていましたが、どうも納得がいきません。

もともとが理系脳だったためか、スピリチュアル関係の人の言われている文章は理解できても、なんだか腑に落ちないというか、「違うんじゃない?」という感覚でいました。

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