人事を尽くして天命を待つことが、引き寄せの法則の極意だった

引き寄せの法則についての情報は数多く目にします。

それでいて、「願う現実が引き寄せられない」という声は少なくないようです。

書籍や、教材や、インターネットなどで出回っている情報を見て、実践をしている人も多いと思いますが、どうやら誤解されている部分もあるように見えます。

私自身は引き寄せの法則を実感した経験も、誤解して苦しんだ経験もあります

その経験を生かし、誤解を解くために、なるべく日常的な表現で引き寄せの法則に近いものはないか?と探していました。

そうしたら発見できました!

それが「人事を尽くして天命を待つ」でした。

この記事は、「人事を尽くして天命を待つ」「引き寄せの法則」の両者を分解して共通点をまとめた記事になっています。

「引き寄せの法則」がいまいち噛み砕けなかった人に向けて書きました。

書き上げた結果、なかなかの情報量になっています。

長い文章になっていますので、一度読んだだけでは、記憶に残りにくいかもしれません。

何度も復習して記憶を強化するために、ブックマーク登録をするなどして、繰り返しお読みください

記事を読んでいただくことで「引き寄せ」に必要なことを気づいてもらえると思います。


また、関連した内容の記事をこちらにまとめておきました。

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併せて読むことで、この記事の内容もより、理解が深まり、自分の中に落とし込めるはずです。

興味のあるところ、必要だと感じるところからじっくり読んでみてください。


では、本題に入りますね。

『人事を尽くして天命を待つ』とは?

何かの試験の前、大事な試合の前、商談の前になると、「あとはもう、『人事を尽くして天命を待つ』だね」と声をかけられたことはないでしょうか?

私は、けっこうあります。

もしかしたら、受け取る側の私と声をかけてくれた相手で、解釈が異なっているかもしれません。

受け取った私は、こんな風に感じました。

「あなたは、もう十分頑張ったよ」
「あなたはやれるだけのことはやったよ」

という励ましてくれる感じの肯定的な印象

別のシチュエーションでは、私の受け取る印象も変わります。

「もうあとは神頼みしかないね・・・

という若干否定的というか、諦めの印象…

いろんな場面で使われる言葉であり、受け取り方で変化する言葉でもあります。

自分の全力をかけて努力をしたら、その後は静かに天命に任せるということで、事の成否は人知を越えたところにあるのだから、どんな結果になろうとも悔いはないという心境のたとえ。
<故事ことわざ辞典 より>

おおよそ、このような意味で使われています。

意味を詳しく理解するために「人事を尽くして」の部分と、「天命を待つ」の部分を分けて考えてみましょう。

人事を尽くすとは、やれることをやること

一般的に「人事を尽くす」というのは、「やれるだけのことを全てやる」という意味と捉えられます。

「全てやる」のは大変な努力のような感じがしますね。

それだけのことをすれば、確かに結果は伴いそうです。

ちょっと、例え話をします。

学生時代をイメージして読んでください。

例えば、期末試験があったとします。

その時、寝る間も惜しんで、教科書を読みまくり、問題集を何回も解き、もうこれ以上できることはないくらいの努力をしたとします。

しかし、試験範囲を間違えていたとしたら、どうでしょう…。

結果が伴うはずがないですね。

つまり、「人事を尽くして」の部分は「やれることをガムシャラにやる」という意味ではないということですね。

人の行動には無数の選択肢があります。

その選択肢には、選択肢に応じた現実が訪れます。

ですから、「何を選択しても結果は同じ」というわけではないのです。

その考え方で「人事を尽くして」の意味を考えてみましょう。

そうすると、人事を尽くしての意味は「やるべきことをやったら」になりますね。

無数の選択肢の中から理想的なものを選び、努力するという感じですね。

先ほどの例え話で言うと、「試験範囲の勉強を確実に行ったら」結果が伴う、という話ですね。

前提条件として「行動する」ということを忘れないでください!

「人事を尽くして」がわかったところで、「天命を待つ」について整理しましょう。

天命を待つとは、エゴの執着を手放すこと

先ほど引用したところを見返してみると、「事の成否は人知を越えたところにあるのだから、どんな結果になろうとも悔いはないという心境」と書いてありました。

「天命」が結果の良し悪しという捉え方になっている印象を受けます。

私は、この部分の解釈が異なります。

天命を「結果」ではなく「天からのメッセージ」と捉えます

「天」の部分は、宇宙でも、神様でも、潜在意識でも、ハイヤーセルフでも、構いません。

天命は、何かを選択して行動を続けた結果の良し悪しではなく、「選択した行動の意味」という解釈をします。

それを告げられるという意味ですね。


天命に関しては、こちらの記事でもプロのスピリチュアルカウンセラーが、キリスト教の『神の愛』や仏教の『縁起』の思想とともに詳しく解説しているので、ぜひ読んでおいてください。


参考記事:
天命を待つこと、天命を知ること。潜在意識の活用の秘訣とは?

現実は、自らの選択により生まれます。

その選択が、「本来の自分」が望む選択であれば、あなたが望んだ通りの現実が生まれます。

ところが、「本来の自分」が望んでいない選択をしていると、望ましくない現実が生まれます。

望まない選択なんて自分でするわけがない、と思われたでしょうか。

してしまうんです、人は。。。

その原因がエゴと呼ばれるものです。

エゴとは「過去の記憶や経験によって作られた自分」だと思ってください。

エゴは「本来の自分」とは異なる存在です。

エゴによる選択で人生を突き進んでいくと、本来の自分が望む現実ではなくエゴが望む現実が生まれます。

「天命を待つ」の意味は、「本来の自分が望んでいたことかどうかに気づくためのメッセージ」と考えることができるのではないでしょうか。

「過去の記憶や経験」というものは「人生で学習してきた結果」でもあるので、一概に「邪魔なもの」とも言えません。

現実の生活において役に立つ場面は多いです。

問題は、そこにしがみつくことです。

つまり、「エゴ(記憶)に執着する」ことが問題なのです。

エゴはエゴとして活用するのですが、エゴに執着しない生き方を選択できるようになるための「天命を待つ」なのだと思います。

自分の身に起きた現実を見れば、望んでいたことかどうかがわかります。

望んでいない現実の場合は「エゴの執着」の結果である場合があるということなのです。

「人事を尽くして天命を待つ」の私なりの解釈をまとめます。

『無数の選択肢の中から選んだ行動によって生まれた現実が、自分が望んだ現実かどうかを見極めよう』という解釈になります。

最初に引用したものと、少し変わった感じになりましたね。。。

さて、この解釈、何かに似てるような感じがします。

それは「引き寄せの法則」です。

「え?似てないよ。」と思われた方は、もしかしたら誤解をされているかもしれないので、この先を読み進めてみてください。

引き寄せの法則の誤解

「行動が現実を生む」という部分が、「人事を尽くして天命を待つ」と「引き寄せの法則」が似ているところです。


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ところが、引き寄せの法則に関しては誤解を招く情報をキャッチしてしまう場合もあります。

よく聞く誤解を例に、「引き寄せの法則」をみてみましょう。

願えば勝手に引き寄せられてくる

代表的な誤解は「願えば叶う」と思われていることですね。

「お金が欲しいな〜」と願えば、お金が引き寄せられる、、、わけないですよね。

願いをノートに書いたり、声に出して唱えたり、トイレに貼ったりしても、願いが叶いませんよね。

願いを引き寄せる(実現する)ために必要なことは、行動です

じっと座って、目を閉じて、「食べ物が欲しい」と願っていても、食べ物は現れませんね。

目の前に食べ物が現れるには、料理するなり、買い物に行くなり、食事に行くなり、作ってもらうなり、行動が必要になります。

願えばその現実が引き寄せられるのではなく、「望んだ現実が起きるための行動をするから生まれる」のです。

この部分が誤解されています。

決して「神頼み」ではないのです。

人事は尽くさず「天命だけ待つ」みたいな感じで誤解されているようです。

実際には「引き寄せた」というよりも、現実は計画的な行動の結果なわけなので、「引き寄せ」という表現は合わないかもしれません

しかし、潜在意識的な行動によって生まれた現実の場合は、本人には「計画的に行動を選択した自覚」がないので「引き寄せた」と表現されることがあります。

実際は「やるべきことをやってる」わけです。

ここが誤解される部分です。

ある人に起きた現実と、そのことをその人が「引き寄せた」と表現していたとしても、誤解しないように注意しましょう。

もう一つ、「方法」の部分で誤解されていることがあります。

引き寄せる方法は最後まで知らなくていい

『望んだ現実は無意識に引き寄せるから、実現に向けた方法は知らなくても構わない。』

これも誤解の一つです。

望んだことが現実になるには、行動が伴っていることが前提です。

どんな行動をとったら望んだ現実が生まれるか、それは最初に望んだ時点ではわからないものです。

しかし、何かしらの行動を起こしながら、実現が近づくにつれて「あ、これは望んだ方向に向かっているな」と気づき始めます。

望んだことが現実になる頃には、「こうすれば叶う」という方法を知っていることになります。

「何でかわからないけど願いが叶った」の場合は、「習慣の結果」である可能性があります。

その願いは、本来の自分の願いではなく、エゴの願いかもしれません。

エゴの願いは、本来の自分の願いとは異なるので、後々苦しい体験が待っているかもしれません。
(私はそんな経験があります。。。)

やるべき行動を行った結果、望んでいた現実が生まれます。

ですから、何処かのタイミングで「何をすべきか」という方法について知ることになります。

そうしないと実現しないのではないでしょうか?

やるべき行動を行い、起きた現実を見ながら軌道修正をするという意味では「人事を尽くして天命を待つ」がピタリハマる感じですね

もしかしたら、同じ意味を言っているのでしょうか?

「引き寄せの法則の真実」について調べると共通点が見つかるかもしれません。

引き寄せの法則の真実

「法則」と呼ばれるくらいですので、本来は再現性のあるものだと、理解します。

誰がやっても「引き寄せ」は起きます。

「そんなことない。私は引き寄せられていない。」

と感じる人もいるかもしれません。

それは、「自分にとって都合の良い現実」が生まれていない(引き寄せられていない)だけで、実は自分が願ったことが生まれているのです。

それでは、引き寄せの法則の真実を分析していきましょう。

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願望を潜在意識にセットする

先ほども触れましたが、現実は誰でも引き寄せています。

その現実に対して「良い、悪い」、「望み通り、望みと違う」というジャッジメントを行なっているのはエゴの部分です。

自我とも言い換えられます。

願いをセットすれば、現実は引き寄せられます


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ただ、セットするところが「エゴ」なのか「潜在意識」なのかで、結末は変わってきます。

「エゴにセットする」と、習慣(過去の記憶や経験)に従って行動します

仮に過去の経験が、望まない現実だったとします。

その望まない現実を生み出したのは、過去の自分の行動、と言えますね。

つまり、エゴにセットしてしまうと、これまでと同じ(理想としない)現実を引き寄せる行動を繰り返してしまうのです。

だから、願望は本来の自分とも言える「潜在意識」にセットする方が「望ましい現実」を引き寄せることになります。

どうすればそれができるのか、わかりにくいですよね…。

私の解釈と経験になりますが、潜在意識にセットした時の感じを順にお伝えします。

欲しくてたまらなくなる

潜在意識にセットできると、その願いは「欲しくてたまらなく」なります。

理由が説明できないけど、どうしても欲しい、何が何でも成し遂げたい、そういう気持ちになるのです。

感情が動くのです。

エゴにセットした場合は感情ではなく「思考」が中心なので、それほど気持ちは動きません。

「願望を諦める」理由まで考えついちゃうくらいです。

潜在意識にセットできると、諦めることができなくなります。

そのくらい違うのです。

手に入る姿が想像でき、信じられる

エゴではなく、潜在意識に願望がセットされると、「その願望が叶った姿がアリアリとイメージできる」ようになります。

その願望を手に入れて当たり前、できるようになって当然、といった認識になります。

そうなっている未来の自分に何の違和感も感じなくなります。

逆に、エゴにセットしてしまった場合は、「本当にできるのだろうか、手に入るのだろうか」と自分自身への疑いが発生します。

エゴからしたら、「変わりたくない」わけなので、変化を拒む感情が生まれてしまうのです。

もしも、「未来や願望」に不安や恐れの感情を伴う場合は、エゴに設定してしまった可能性があります。

ここでも「自分の感情の確認」はキーポイントになりますね。

エフィカシーが高まって行動を開始する

願望を手に入れた未来の自分に対して、何の疑いも持たない状態になると、ある変化が起こります。

それは「自分はそうなって当然。だからそれに見合った言動を心がけよう」という感覚です。

この状態を「エフィカシーが高まっている」と表現されます。

エフィカシーというのは「自己効力感」のことで、「自分はできる。自分なら大丈夫。」という自信を認知した状況のことを言います。

自信があるので、行動を始めるにあたって迷いがありません。

「大丈夫かな…、失敗したらどうしよう…。」と感じていると行動に第一歩が踏み出せませんよね。

しかし、エフィカシーが高まっていると、自信があるので当たり前のように行動に移せます

「根拠のない自信」と似ているかもしれません。

「なんかわからないけど、大丈夫なきがする」というメンタルの時は、行動に移せるし結果も伴います。

自分を疑わないことって、すごく重要です。

行動を始めた時点では『やり方』はわからなくてOK

エフィカシーが高まって行動に移す準備ができたところで、「何から始めたらいいの?」の壁を感じるのではないでしょうか?

私なら感じると思います。

どうしても「What(何を)?」、「How(どのように)?」が欲しくなりますよね。

でも、心配はいらないのです。

すでに「願望が叶う」、「ゴールにたどり着く」ことを自分自身に確約しているので、どんな行動から行っても大丈夫なのです。

面白いことに、やり方(方法)はやりながら見えてくるのです。

行動していくうちに『やり方』も見えてくる

ゴールがあやふやだと「この行動はゴールにたどり着くのだろうか」という不安が生まれます。

しかし、潜在意識にセットされていると「ゴールにリアリティーが出てくる」ので、自分のやっていることに不安はありません。

そして自分の行なっている行動が「ゴールに結びつく行動」なのかどうかがわかるようになります。

「これを続けていれば大丈夫」

だったり

「このままだとゴールにたどり着かないから、やり方を変えなきゃ」

というのが、わかってしまうのです。

ただし、それには「自ら行動を起こすこと」が条件になります。

正解がわからないまま行動を起こすと、時々、失敗も経験します。

最終到達地が分かっていれば、失敗を経験しても「あ、違ったんだ。じゃあ、変えようか。」くらいのポジティブな軌道修正が進みます。

エゴに願望をセットしてしまって、ゴールが不明確だと失敗を経験した時に「だめか・・・」というネガティブな感情になり、挫けてしまいます。

潜在意識に願望がセットできていると、失敗すら一つの経験で済むのです。

パワフルですね。

自分の中で引き寄せられる確信がどんどん育つ

潜在意識に願望をセットできていると、行動は途切れず、しかもちょとした失敗も軌道修正されていきます。

願望が現実になるまでの過程が洗練されていく感じですね。

途中から「これを続ければ間違いない」という確信に変わっていきます。

反対にエゴにセットしてしまった時は常に不安が付きまといます。

「これでいいのだろうか・・・」

という感じで。

エゴは「過去の記憶や経験」といったものから作られた習慣です。

習慣は変化を拒みます。

なので、習慣にない行動を起こそうとすると、それに抵抗します。

「不安や恐れ」という形で。

なので、やってもやっても「不安や恐れ」を感じる時は、願望をセットした部分が違っているかもしれないので注意しましょう。

その時は、「頑張ってやる」のではなく、一度立ち止まって「自分の願望について」を検証し直すことをお勧めします。

具体的には、

  • 望んだこと
  • 行動している時の感情
  • 起きた現実
  • 現実を目の前にした時の感情

について調査してみてください。

「感情」がポイントです。

やれることをやっていくうちに想定外のことも作用する

最初のうちは、「手の届く範囲の行動」を行なっていくことになると思います。

つまり「自分ができる範囲」ということですね。

行動が上手く重なっていくと、「自分だけではできなかったこと」ができるようになったりします

行う内容が驚くほど簡単になったり、手がかからなくなったり、効率がよくなったり、という具合で。

レバレッジがかかる、という表現もできますね。

知恵を貸してくれる人や、協力者が現れたりもします

実は、そのことも「願望を現実化するために引き寄せられた現実」の一つなのです。

「じっと座って願っていたら協力者が現れる」なんてことはありません。

やはり「行動」がポイントなのです。

やれることをやる、つまり「人事を尽くす」と、天から協力者が送られてくるのかもしれませんね。

不思議ですが、それくらい潜在意識にセットできるというのはパワフルなことなのです。

潜在意識ですべてはつながっている

潜在意識に願望をセットして、やるべき行動を繰り返していれば、願望が現実となる

これは、何となくイメージつきますよね。

では、自分の努力や行動とは関係ない「協力者」との出会いはどのように考えるとよいのでしょう?

仏教の考え方の中心に「因果律」というものにあります。

物事には必ず原因と結果があり、悪いことをしていれば自分にも悪いことが起きる、という考え方ですね。

良い行いが自分に返ってくる、という考え方もそれです。

その仏教の教えに「因縁生起(いんねんしょうき)」というものがあります。

「すべてのものは因縁によって生じる」という意味です。

この因縁生起は略されて「縁起(えんぎ)」と使われます。

こちらの方が耳馴染みがありますね。

どんな結果にも「因」「縁」があって、それらがそろって結果が生まれる、という考え方です。

野菜を収穫するには、「野菜の種」がないと始まりません。

これが「因」です。

種だけでは育ちませんし収穫できませんので「土、水、日光、肥料」などが必要になります。

これが「縁」です。

縁は因が結果を生み出すことを手伝う存在です

先ほどからお伝えしている話でいうと、願望を現実にするために「行動すること」は因です。

行動を続けたことで巡り会う協力者などは縁にあたります。

なぜ、自分にとって理想の協力者が、望ましいタイミングで現れるのでしょう?

潜在意識では、繋がっていると言われるからです。

心理学の領域では、ユングという人が集合的無意識という言葉でも説明しています。

潜在意識というのは「自分で認識できない意識の世界」と言われます。

その世界にあなたの願望が届くと、あなたの願望と関係のありそうな協力者が現実に現れるのです。(引き寄せるとも言えますね)

あなたの「因」を助ける「縁」として。

助けてもらいたい協力者のイメージが詳細に潜在意識に届いていると、ぴったりの人が現れます

これは「イメージできないうちは現れない」ことも意味します。

だから、ある程度行動を続けて、自分の行動に確信が持ててきたタイミングで現れることが多いのだと思います。

願望の種類によっては、縁起を大事にしないといけないものもあると思います。


ちなみに、【スピこじ】編集長によると、『魂=縁起』で、引き寄せの法則の極意はその理解にある、とのことです。

参考記事:
魂とは肉体だけに宿るものにあらず。『引き寄せ力』を高める秘訣は魂の意味を再定義することだった

顕在意識から見えないものが『天命』となって働く

先ほど「自分で認識できない意識」を潜在意識と表現しました。

反対に「自分で認識できる意識」は顕在意識と呼びます。

自分で認識できるので、記憶や思考と密接に関係します。

ここまでお伝えしてきた表現で言うと「エゴ」ですね。

自分が認識できる現実は、多くの場合「習慣」が生み出したものです。

潜在意識は記憶や思考では認識できないものなので、それは「天からのメッセージ(天命)」という解釈ができます。

「人事を尽くして天命を待つ」の私なりの解釈は、『無数の選択肢の中から選んだ行動が生んだ現実は、自分が望んだ現実かどうかを見極めよう』というふうに書きました。

「天命を待つ」というのは、「神様がなんとかしてくれるだろう」という結果を待つのではなく「神様の審判を受ける」みたいなニュアンスに感じられてきましたね。

人事を尽くす人は神様から愛される

スピリチュアルの領域では、神様と潜在意識は同じような扱いをされます。

そういう捉え方でいくと、神様とは「自分が気づいていない本心」とも言えますね。

無数の選択肢の中からやるべき行動を選択できると、潜在意識(本心)で望んでいた現実が生まれることになります。

現実として生まれるまで、結果として起きるまで、それはわからないのです。

先ほどの「引き寄せの法則」でも「因縁生起」でも、同じような解釈を試みました。

もしも、自分自身が望んでいることが現実になったとしたら、嬉しいでしょうか?

私なら、スーパー嬉しいです

わかりやすい表現で言うならば、「頑張っていたから神様がご褒美をくれた」という感覚です。

本来の自分自身(潜在意識)が望む行動ができた時に、「神様からの愛(めぐみ)」と思える形で私たちは認識できるのです。

本来の自分(潜在意識)が何を望んでいたかは、そこで気づきます

天からのメッセージ(天命)として。

思考では気づけないのです。

思考で気付けるのは顕在意識ですので。

途中でも触れましたが、「人事を尽くして天命を待つ」というのは「引き寄せの法則」ととても似ています

むしろ、引き寄せの法則の方法論を指し示しているとも言えそうですね。

この記事のまとめ

この記事のまとめ

わりと日常的に使われる「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を解剖していったら、引き寄せの法則との共通点をたくさん見つけました。

この記事が、自己啓発本や、セミナーや、カウンセリングとかで「引き寄せ」の話を聞いたことがあっても実践できていない人にとってのヒントになると思っています。

また、実践しているけど引き寄せを実感できないと感じている人にも役立つのではないかと思います。

しかし、「人事を尽くして天命を待つ」も「引き寄せの法則」も間違った認識でいると、望まない結果を迎えます。。。

自分自身にとって望ましい現実を迎えるためにも、ぜひこの記事を何度か読み返してもらえたらと思います。

最後に、この記事の内容を整理しましたので、ご確認ください。

・日常的に使うことが多い「人事を尽くして天命を待つ」という言葉には、スピリチュアル的な解釈ができるかもしれない。

・「人事を尽くして」の部分は、「なんでもいいからとにかくやる」という意味よりは、「やるべきことをやる」が妥当ではないか。

・「天命を待つ」の部分は、「天からのメッセージを受け入れる」と解釈する。

・そう考えると、「人事を尽くして天命を待つ」と「引き寄せの法則」には共通点があるように感じる。

・「人事を尽くして天命を待つ」も「引き寄せの法則」も、行動を前提にしている。そのため、何処かのタイミングで「その方法」について知ることになる。

潜在意識による願望の場合は感情が動く。エゴによる願望の場合は思考が働く。「自分の感情を確認する」ことがキーポイント。

・引き寄せの法則で願望を実現するための方法は、やりながら見えてくる。方法を最初から知っていなくても大丈夫。

・「人事を尽くす」場合に、不安や迷いや恐れを感じながら行動すると、結果としてはエゴの願望による現実が生まれる。

・潜在意識による願望であれば縁起の働きによって、思ってもみなかった協力者が現れたりする。天命は人間関係に関するメッセージも含んでいる場合もある。

・「人事を尽くして天命を待つ」というのは、引き寄せの法則の方法論を表している言葉といえそう。

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潜在意識とは?語る人は多いが使いこなす人が少ない理由



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ここまでお読みいただきありがとうございました。

「願ったことが叶う」といった具合に、宇宙の法則はシンプルな因果関係で説明されているのを聞いたことがあると思います。

そうなのでしょうか?

私は病気や怪我からの回復や、再発の予防という分野で仕事をしていました。

その現場では「そんなにシンプルか?」と感じるような出来事をたくさん経験しています。

勉強していく過程で「体、心、魂」の関係性によって病気や怪我が生まれるのではないか?という考えに至り、スピリチュアル関連の書籍を読み漁っていましたが、どうも納得がいきません。

もともとが理系脳だったためか、スピリチュアル関係の人の言われている文章は理解できても、なんだか腑に落ちないというか、「違うんじゃない?」という感覚でいました。

そうは言っても、肉体と心と魂の関係の探求からは離れることができずに、思考がぐちゃぐちゃな状態でいました。

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